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第9話 襲撃

last update 最終更新日: 2025-06-18 09:14:53

 サロンを出た王太子一行は、お茶会が開かれている庭園を目指した。

 庭園は王宮と繋がっている。

 外廊下を出たなら、すぐに美しい花々が見られる趣向だ。

 周囲を建物に囲まれて中央に位置する庭園は、王族や貴族たちにとっての憩いの場であり、警備も万全の安全な場所と言えた。

 美しく安全な憩いの場だからこそ、王妃主催のお茶会がガゼボで行われ、そこに王太子の婚約者であるミカエラや王太子本人が会しても問題がないと許可が出されたのだ。

 だが――――。

「危ないっ!」

 最初に声を上げたのはイエガーだった。

「「「「「キャー―――ッ!」」」」」

 令嬢たちの悲鳴が背後で上がる。

 目前の護衛が突然剣を抜き、アイゼル目がけて飛びかかってきたのだ。

 寸前で身を躱すアイゼル、間に割って入るイエガー。

 アイゼルは令嬢たちを守るように、その前に立っていた。

 レクターは素早く駆け寄り、襲撃者となった護衛の前に立ち塞がる。

「どういうことだっ!」

 レクターは低くて太い声で、威嚇するように怒号を上げる。

 しかし非番の彼は武器を携帯してはいなかった。

 一瞬怯んだ襲撃者は、次には馬鹿にしたような表情を浮かべて、黙って剣を構え直した。

 背後に付いていた護衛がアイゼルを捉えようと手を伸ばす。

 イエガーはその手を振り払い、殴りかかった。

 が、体格の良い襲撃者相手との戦いは小柄なイエガーにとって圧倒的不利であり、伸ばされる手を防ぐ程度の効果しかない。

 体格で劣るイエガーの反撃は易々と躱される。

 襲撃者たちに諦める様子はなかった。

「私を王太子アイゼル・イグムハットと、知った上の狼藉かっ?」

 護衛から一転、襲撃者に代わった男の手を逃れたアイゼルが問う。

「「「……」」」

 だが、こちらに向かってくる元護衛たちは無言だ。

 言葉を発することなく、鋭く光る切っ先をこちらに向けて迫って来る。

 騒ぎを聞きつけて他の護衛騎士たちも駆けつけてくるに違いない。

 それが分かっていて襲ってくるということは、彼らは捨て身の襲撃者なのだ。

 命を捨てる覚悟を持った者たちに襲われたなら、腕っぷしの強さに関係なく油断は禁物。

 アイゼルたちからは、ついさっきまでの浮かれた気分は一気に吹き飛んでいた。

「殿下の命をお守りしろっ」

 イエガーは叫ぶが早いかレクターの背後から飛び出した。

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